物事を印象だけで決めつけることは、避けなくてはいけません。
データは事実を明確に物語ります。また データを統計的に正しく評価することで、不確定な未来でも予測できることがあります。
本書は、現在 日本で問題とされている 少子化 ,未婚・晩婚化,都市への一極集中,地震予測,仕事と雇用 をデータを用いて現状を正しく認識し、人口推計と、経済学的・社会学的な補足を用いて予測を行っています。
本書の主張は、エピローグの以下の言葉に集約されるでしょう。
問題を考えるときの最大の罠は、問題にすべきでないことを問題にしてしまうこと、そして、問題にすべきことを問題にしないことにあるのです。
ー本文より引用
少子化・晩婚化
少子化は現在でも進行しており、労働人材不足,1人あたりの高齢者介護費の増加 などを引き起こしていることは全員の共通認識でしょう。
少子化を引き起こした主要因は、乳児死亡率の低下とされています。
野生の世界を見ても、捕食圧の強い動物は一般に出産数が多いですね。子どもが死亡しなければ、まさしくネズミ算式に数が増加します。
日本の少子化進行速度は他の先進国と比較しても著しく速いです。これは西洋が感染症の予防技術や医療の発達によって、時間をかけて徐々に死亡率が低下したのに対し、日本はこれらの技術をパッケージ化して輸入して、一気に死亡率が低下したためだとされています。
他の人口減少の理由として、脱工業化による家族スタイルの変化も挙げられます。女性から見て「生活が豊かになったことで、結婚し男性に依存することがなくなった」ためです。
オサマ・ビンラディンは 2002年にあてたアメリカへの手紙で、女性の社会進出を激しく糾弾しています。女性観は文化の根幹をなす考え方であり、欧米の生活スタイルはビンラディンの目には異質なものと映ったのでしょう。
しかし宗教が禁止しても過去100年で生活構造は大きく変化しており、旧態依然とした考え方は避けようのない変容を迎えています。
ルーマニアのチャウシェスク政策について触れられていました。
チュウシェスク政策では少子化に歯止めをかけるために、中絶の禁止と独身税、および子供の数に応じた報奨金を出しました。これによって確かに出生率は大きく向上しました。しかし経済発展が追いつかず、親の養育費は増大して生産性は向上しなかったのです。
このことは 社会構造の変化に根ざした「少子化」に対して、対策を実施することの難しさを示しています。
養育費の増加も歯止めがかかりません。現代教育では、少なく生んでしっかり育てることが重要になってきたためです。
大学の学費は、物価上昇スピードより早く上昇しています。また高度に発達した現代社会では、教育にかかる期間が非常に長くなっています。大学院まで進学すれば、社会に出るのは24,5歳。それまでの期間「子ども」のままでいるのです。養育費は膨れ上がり、晩婚化がますます進行します。
晩婚化が進行すると、生物的限界が頭をもたげてきます。女性の妊娠可能性と、男性の精子の生産能力は年齢とともに低下します。
また 研究によると、就学前教育が子どもに与える影響は非常に大きいそうです。
経済的に豊かな家庭では、就学前の教育が十分になされます。東大生と、両親の収入には相関があることはご存知でしょう。
豊かな家庭で育った子どもは収入が高い職業に就く可能性が高く、また豊かな家庭を形成します。このまま放置していれば、ますます経済層の二極化が進むでしょう。
子どもを増やせば少子化問題は改善するか
このような状況を踏まえた上で、本書は問います。「子どもの数を増やして、労働人口を増やせば社会は良くなるのか?」
上で述べたチャウシェスク政策を見ると、急激に子どもの数を増やすと社会の負担は大きくなることがわかります。養育費の負担が膨れ上がっている日本では、現状 子どもの数を増やすことはハイリスクなのです。
・・・
1夫婦あたりの子ども数を増やすことは難しいでしょう。それでは初婚年齢を下げるためにはどうすれば良いのでしょうか。
結婚したいのに結婚できない人は、収入面で不安が大きい方がほとんどです。こういった方が結婚に踏み切れるようなセーフティネットの構築が重要と本書は述べています。
少し前に話題になった「東京医大、女子受験者を一律減点 男女数を操作か 」(日本経済新聞)。結婚して退職する可能性の高い女性医師数を減らすために、試験結果を操作して男女数を恣意的に操作していました。
元も子もない話をすれば、女性の就労期間が男性より短いことは統計的に明らかです。「女性差別は経済学的に合理的だ」は、経済学者のフェルプスの言です。
このような「統計的差別」を解消するためにも、セーフティネットの構築が重要だと本書では述べています。
子育ての支援が充実すれば、彼女たちが会社を辞めてしまう確率が下がり、男性が辞める確率に近づいていくでしょう。
(中略)
子育てに関してセーフティネットを張っておくことで、長い目で見れば、子どもを持たない女性に対する統計的差別も、なくなっていくことになるのです。
ー本文より引用
仕事
人口が減少すれば、失業率は低下するか
一見 労働人口の減少で、働きたくても働けない人の割合は減少しそうに思えます。
しかしデータを見てみると、企業は「解雇したくても解雇できない」人材を多く抱えていることがわかるそうです。景気が悪くなれば、このような人材が解雇されていきます。
結局 人口減少スピードより、需要減少スピードが速ければ、失業率は大きくは改善しないのです。
最低賃金を上げることは効果的か
収入が少ない貧困家庭を援助するために、効果的なように思えます。
これまたデータを見ると、「最低賃金で働いている人の多くは、貧困層ではない。」そうです。
チャウシェスク政策のように、「貧困家庭を援助する」ための効果が得られず、想定外の事態が生じる可能性があります。
格差社会はなぜ生じるのか
富の再分配が十分でないから が主要な理由ですが、本書では興味深い見解が述べられていました。
「技術の進歩が格差を招く」。技術の有無で所得に大きな違いが生じることを言います。高スキル・高賃金労働と、低スキル低賃金労働が増えて、中間にあたる仕事が減少してきているのです。
しかも、この「高スキル」労働は時代と共に大きく変化します。またそのサイクルは年々 短くなっています。IT関連の仕事の方は特に身をもって感じていることでしょう。
まとめ
データによって日本の現状を認識し、今後どうしていくかを論じている本書。未来に悲観するだけでなく、現状を改善していくためにも正しく認識することが大切だと感じました。
一点 終章で気になる記述があったので取り上げます。
データによると 好景気時には労働時間が多く、平成の失われた10年では労働時間が減少したそうです。これだけ見ると、労働時間の減少によって生産性が低下したと解釈されます。労働時間を元に戻せば景気は回復するのでしょうか。
しかし実際は好景気時にはそもそもやるべき仕事が多いため、結果的に労働時間が増えていたのです。同じデータでも解釈を誤れば、全く異なった結論となる危険性を示唆していますね。データも重要ですが、それを正しく解釈することもまた重要でしょう。