スポーツの将来を考える『新・野球を学問する』

 

昨今 また野球が盛り上がっていますね。世界的に見れば野球はマイナースポーツに位置づけられていますが、日本では興行スポーツのトップをひた走っています。

ナイター中継は地上波で放送されなくなったものの、観客動員数の増加、大谷選手のメジャーでの活躍、ZOZOのチーム参画の噂など、ニュースに暇がありません。

しかし、その一方 プレイ人口の減少や賭博問題の不祥事など 暗いニュースも取り沙汰されています。

そんな野球の将来について、元プロ野球選手の桑田真澄 氏が語る「野球道」を示した、『新・野球を学問する』。今回は本書をご紹介したいと思います。

概要

本書は、NPBとMLBで活躍された桑田真澄 氏と、早稲田大学大学院の平田教授の対談形式となっています。桑田氏は2008年に現役を引退後、2010年に早稲田大学大学院スポーツ科学研究科を修了しました。大学院で指導にあたったのが平田教授です。

桑田氏は、同院で総代に選ばれ さらには修士論文「『野球道』の再定義による日本野球界のさらなる発展策に関する研究」は、最優秀論文賞を受賞と、優秀な成績を収めています。

多くの方がご存知のように、桑田氏はPL学園時代にKKコンビとして名を馳せ、プロ野球でも巨人の投手として活躍されました。また多くのメディアでも発言されている通り、野球界の体育会系思想に反意をもっています。今でこそ 練習中の水分補給や、体罰の厳罰化が大きく叫ばれるようになってきましたが、桑田氏の学生時代は体罰当たり前、水分補給厳禁といった状況でした。どうしようもなくなった場合には、便器の水をシャツに浸して飲んでいたそうです。

本書に記されたような仕打ちを受けながら、それでも一流のプロ選手として活躍をおさめた桑田氏。本書では現代野球教育への意見と、将来に向けた新しい野球道が述べられています。

野球道を再定義する

本書では、学生野球の発展に多大な貢献をした飛田穂洲(とびた すいしゅう)に触れています。

桑田氏によると、飛田は西洋伝来のベースボールを「野球道」として、日本的に解釈しました。飛田の野球道は3つの言葉に集約されるそうです。「練習量の重視」「精神の鍛錬」「絶対服従」。

ただし、飛田自身は「絶対服従」を選手に求めていたわけではないようです。戦時中 軍部に野球が弾圧される中で、野球を守るために「野球は兵士養成に役立つ」ことを示した結果のようです。

戦後平和になった日本ですが、これらの精神だけが残り、アマチュア野球で軍隊のような規律が重要視されたと桑田氏は述べます。


桑田氏が現役プロ野球選手にアンケートをとったところ、「体罰は場合によっては必要」が83%、また「怪我をしてもプレイを強要された経験がある」は中学・高校で約30%にのぼったそうです。

怪我をおしてプレーする、と美談のように伝えられることが多いですが、今後の選手生命に関わる極めて重大な問題ですので、価値観の変移が今すぐ求められるべきでしょう。

夏の甲子園。夏空の中、坊主頭に統一した球児たちが 全力にプレイを行う。観戦していると大変爽やかで、青春の輝きを球児にみます。高校野球にプロ野球と異なったファン層が存在するのには、このような背景があるためでしょう。

しかし、野球が強いことと坊主頭に統一することはイコールではありません。チームの団結力を強めるという意味では効果的かもしれないので、個人的には反対というわけではありません。しかし、坊主を強要することには断固反対です。また夏の甲子園期間中、過酷な環境下でプレイすること、エースが150球を連戦投球することに対して批判もあります。感動をありがとう、なんて一方的に述べるのではなく、球児たちの将来を見据えた展開を望みます。


本書では、桑田氏によって再定義された野球道が述べられています。「練習量の重視」「精神の鍛錬」「絶対服従」が、桑田氏によって新しい言葉に置き換えられています。

ここでは、桑田氏の再定義を一つだけご紹介します。「練習量の定義」は「練習の質の重視」と置き換えられました。

プロ野球ではセイバーメトリクスや、トラックマンを使用した投球・打球の解析が浸透してきています。野球に詳しい方なら、2番打者強打者論やOPSなどの指標を聞いたことがあるでしょう。練習効果の質を高めるためには、データ解析や指標は重要です。

昔 練習中に水を飲むことが駄目だったのは、「バテやすくなる」からだと言われてきました。つまり、水を飲まないことこそが「科学的に正しい」考えだったのです。これは個人的に新たな観点でした。今でこそ水分補給は当たり前ですが、スポーツ医学が発達していない昔の考えでは間違いだったのです。

大切なのは、科学的に正しい価値観を受け入れるか否かだと考えます。幸いスポーツ中の水分補給に関しては、広く受け入れられるようになってきました。しかし、(スポーツではないのですが)学校へのエアコン設置に反対、消防・医療職員、公務員がコンビニに立ち寄ることに反対など、昔の価値観に固執してしまうことも見受けられ、残念に思います。

野球・スポーツの将来

野球中継が地上波で放送されなくなった点についても触れられていました。

最近は「野球に興味が無い層」人口が増えているようです。これは野球に限らず、コンテンツ共通の課題でしょう。所謂 興味の細分化によって、昔のように娯楽がテレビしかない時代と比較すると、そもそも野球を見たことがない層が出現するのは当然の結果です。

そのような時代背景のもとで、多くの方がスポーツに関わるためには、勝利至上主義を絶対視しないことと、平田教授の逆台形モデル(平田教授 研究室HPより)が挙げられていました。

スポーツは限られた人しか大成しないという思想のもと、プロ選手を至上とした考えはピラミッド型モデルと呼ばれます。
一方 平田教授の提唱する逆台形モデルは、子供の頃のスポーツ体験をベースとし、選手だけでなく スポンサー,審判,メディアなどの多くの人がスポーツに関わるモデルを言います。プロ選手が偉いわけではなく、スポーツがビジネスとして成功するためには、これらの多くの人が関わる必要があるのです。

誰しも勝負には勝ちたいものです。勝ちにこだわることは悪いことではないでしょう。しかし、勝利至上主義に徹した結果、体罰や「絶対服従」に繋げることはあってはならないと桑田氏は述べます。


スポーツは楽しむことがもっとも大切だと思います。部活が雨で中止になったら喜ぶ学生が大多数でしょう。中止になったら「残念だ」と思える環境構築が大切です。

このような記事が目に入りました。「ゆる部活、始まっています 月に数回 楽しく運動(東京新聞)」

運動は苦手でも体は動かすことは好き,気軽に運動できる、と好評なようです。現代の価値観に即した運動のあり方として、非常に良い方針だと思います。

まとめ

読後の最初の印象として、桑田氏は非常に俯瞰的な視点で物事を考えている点に感銘を受けました。

自分が経験した価値観は、往々にして自分自身の価値観へとなっていくものです。しかし桑田氏は断固として体罰に反対し、やみくもに練習「量」を増やすことに異議を唱えています。

学生時代にはすでに 監督に対して、練習量の減少と個々の技術を磨く時間をもつことを提言しています。桑田氏は1年生からレギュラーで華々しい成果を上げていたために意見できる、と思われる方もいるでしょう。しかし、そういった「力があるから」「うまいから」といった価値観こそ変えていくべきだと思います。

勝利にこだわる「ガチ勢」、楽しむことに重きをおいた「エンジョイ勢」。どちらが優れているわけではなく、双方が尊重されるスポーツ界の将来が望ましいと考えます。