歴史に法則はあるか『歴史は「べき乗則」で動く』

 

1つの因子が、相互につながりのある別の因子の影響を受けるネットワークを作るとき、全体として挙動が予測できない系「複雑系」を形成します。このような複雑ネットワークがもつ特性に「べき乗則」があります。例えば地震の規模と発生頻度もその1つです。

複雑系を扱う類書は数多くありますが、本書は自然界に見られる べき乗則に触れた後、「歴史」に焦点を当てている点が特徴的です。

自然界に潜む「べき乗則」

私たちは、「ある物事は 平均値に該当する割合がもっとも多い」と直感的に感じてしまいます。

例えば、身長の分布はそうですね。平均身長をもつ人がもっとも多く、極端に低い・高い人の割合は少ないことは経験的にもよくわかっています。偏差値なんて言葉が日常的に使用されることからも、釣り鐘型の正規分布を一般にイメージしてしまいます。


続いて年収の分布はどうでしょう。ネットで各年代の平均年収を調べたこともあるでしょう。

しかし年収の分布は、正規分布でないことが知られています。平均年収が400万円だからといって、400万円の年収の人がもっとも多いわけではありません。一部の高額収入者が平均を引き上げているのです。(1, 1, 1, 1, 1, 1, 1, 1, 1, 10)のデータがあったとき、平均は1.9となります。しかし大多数は1です。

年収を見るときは、同時に中央値をよく見るように言いますよね。中央値は小さい(あるいは大きい)方から数えて、ちょうど半分(中央)になる値のことです。身長のような正規分布では、平均値と中央値は一致します。しかし年収の分布では これらの値は異なるため、平均だけを見て一喜一憂してはいけません。

年収の分布は、パレートの法則と呼ばれる べき乗則に従っています。(現在は さらに二極化が進み、20:80では済まなくなっているようですが。)


このような べき乗則は自然界にも多く見られます。

本書では、地震の規模と発生頻度、山火事の規模と発生頻度、大量絶滅の発生頻度 などが例示されています。どれも「何故 べき乗則になるのか」を説明してくれていることも本書の特徴で、納得しながら読み進めることができます。(その過程で説明が重複している箇所も多いため、少し冗長に感じますが。)

地震の発生予測は大変難しいです。いつどこで大災害を引き起こす地震がおきるのか、現在の科学ではわかっていません。しかし、その規模が大きくなるほど発生頻度が少ないことは、私たちも経験的に知っています。

山火事を防ごうと対策を講じるほど、山火事の規模が大きくなる点には驚きました。ある程度 小規模の山火事を発生させておくことで可燃物を除き、山全体が燃え広がるような壊滅的な山火事が発生する確率を下げているそうです。


金融市場にも べき乗則は見られます。株価の値動きの変化の割合が、べき乗則に従うと言います。

投資家が全員 「合理的」に振る舞えば株価は安定した値をとり、「典型的な値動き」が存在するはずです。しかし実際には、各投資家は心理的に 他の人・株価の動向に影響され、株価の変動割合はべき乗則となり、まれに大暴落を引き起こします。

たった一人の投資家の気分が変わっただけで、ほとんどすべての投資家の気分を変動させるような影響が広がっていくかもしれないのだ。

ー本文より引用

歴史物理学

タイトルにも冠せられているように、本書は「歴史」に べき乗則を見出している点が、他の複雑系を扱う本とは異なります。

ナチスのヒトラー。彼が生まれなければ、世界大戦は起きなかったのでしょうか。

偉大な人物が大きな出来事の中心にいたとしても、その人物がその出来事の推進力を与えるわけではない。そのような偉大な人物の置かれた立場こそが、その人物自体よりも重要なのだ。彼らの役割は、大きな社会的力の衝突する接点となることであり、そのような中心的役割を果たすことが、その人物を偉大にさせるものだからである。

ー本文より引用

たまたま臨界状態にあった世界に、偉大な役割が存在し、そこに当てはまる人物が存在する、と本書では述べています。平穏な世界が臨界状態に達したとき、戦争のような大変動が生じることは不可避なのでしょうか。

人間社会という複雑なネットワークにおいて、未来は予測不可能です。しかし 「べき乗則」のような、普遍的な特徴を示す法則が存在するかもしれません。

まとめ

「歴史物理学」に、レヴィ=ストロースの構造主義を感じました。

構造主義では、歴史を時間的な記述「〇〇年に△△が起きた。」とするより、本質を解明し「歴史」たらしめる要因を探求します。本書で述べられる べき乗則が”聖杯”であるとは断言できません。しかし、社会の複雑ネットワークを 歴史に適用する点が非常に興味深く、独創的です。

それ以前の章、自然界に存在する べき乗則の説明では、一貫して砂粒の例を出しており 理解が進みやすいです。

複雑系の入門書でもあり、読み物としても大変おもしろい良書です。