エンジニア間では大変に有名な、『ハッカーと画家』を読みました。IT業界に従事するエンジニアの、思考や考えを述べたエッセイ集といった趣きですね。
エンジニア自身が読むと、共感する部分がたくさんあるでしょう。著者の言語化能力には舌を巻きます。フワッと感じていることを、具体的に記述することって中々できないですよね。思考言語は、人によって階層が異なるのかもしれません。非エンジニアの方には、扱いづらい(笑?)エンジニアの思考を探る一冊になると思います。
主題となっているエンジニアと画家。どちらも職人気質で美しいものを愛する、という点が共通しているのでしょう。本記事では、第3章「口にできないこと」,第9章「ものづくりのセンス」を取り上げていきます。
道徳には流行りがある
過去にタイムトラベルできたとしても、私は行きたくありません。不便さや衛生面だけでなく、価値観,道徳感がまるで異なるからです。いつの時代の価値観が正しいというわけでなく、どの時代でも自身の価値観は(ある程度は)時代に即したものです。
時代に反した考えは異端,タブーとされます。このタブーが将来に渡ってもずっとタブーであるかどうか、現在の時点でわかるのでしょうか。その考えや言葉が単に「間違っている」とは断ぜられず、「対立主義的」,「差別に対して配慮を欠いている」 と攻撃を受ける場合は注意を払った方が良いと、述べられています。「レッテルを貼られている」物事は、変遷する可能性が高いタブーなのです。
「都会の人は冷たく、田舎は人柄が暖かい」「ひとつの物事を極めることが素晴らしい。二足のわらじなんて中途半端になるだけ」は、今まさに変化しつつある レッテル貼りではないでしょうか。
普通の流行が偶発的に生じるのに対し、道徳の流行は意図的に作られる。またタブーを「作る」側は、一方に対してかろうじて優勢である場合が多いとされます。勢力が圧倒的であればタブーが必要ないからです。こうして作られた流行が確立すると、多くの集団が恐れから流行に加わり、道徳そのものになる、とされています。心地の悪さを心地良いと感じるべきなのはなぜか(TED)でも述べられていましたが、恐れには独特の作用があります。孤立することを恐れ、大多数に加わろうとする。魔女狩りや、ネットの論調もそうでしょう。
注意深く流行を眺めれば、何をタブーとさせたがっているかがわかる。しかし多くの場合、争いを避けるため それを口にすべきではないと注意を促しています。同じく心地の悪さを心地良いと感じるべきなのはなぜか(TED)では、自身が発言の火蓋を切ってムーブメントを起こすようにとされていました。ただ この例では、多くの人がうすうす感じている という前提条件があったからこそ成立するのでしょう。タブーはタブーだからこそタブーなのであって、発言すれば敵を作ることは必至です。あえて議論を行うのであれば、抽象度を上げて、さらにユーモアを混じえることがおすすめされています。
現在の価値観の流行を客観的に見ることは、現在を生きる私たちからすれば難しいことです。タブーを考えることは、その突破口となるのでしょう。
良いデザインとは
第9章「ものづくりのセンス」では、良いデザインについて触れられています。良いデザインとは、単純で,少し滑稽で,自然に似ており、etc…。いくつか見ていきます。
◆良いデザインは集団で生起する
イタリアのルネッサンスが取り上げられていました。今だとシリコンバレーがそうでしょうか。また現代ではネット上でも集団が形成されています。似た傾向・趣向を持つ人がお互いを高め合うことで、個々の能力以上の発想が可能となります。
レオナルド(レオナルド・ダ・ヴィンチ)がレオナルドになるには、生まれながらの能力以上の何かが必要なのだ。1405年のフィレンツェが必要なのだ。
ー本文より引用
主題は異なりますが同様のことが、歴史は「べき乗則」で動くでも書かれていました。「偉大な役割が存在し、そこに当てはまる人物が存在する。」
◆良いデザインはしばしば大胆だ
新しいアイデアやデザインが受け入れられるには、一定の期間が必要です。地動説の浸透や、スマホの普及にはやはり時間を要しました。
ただ 新しいアイデアを受け入れる土壌は、現代人は大変に優れていると感じます。新しさが革新的でより便利 ということも もちろん影響します。が、それ以上にネットの普及で、様々は価値観に触れることが容易になったからでしょう。それに伴って、新しさのサイクルは早くなっているようにも感じます。
常に新しいものを取り入れる姿勢も重要ですね。その意味で 上の◆良いデザインは集団で生起する でも異なった価値観やアイデアを取り入れていかないと、過剰フィッティングに陥ります。突然変異をもたらす因子がなければ、悪い意味での先鋭化が生じることでしょう。
まとめ
本書全体を通して 抽象的な議論を、俯瞰的に小気味よく展開しており、著者の思考次元の高さを窺わせます。ITエンジニアがどんなことを考えているかを知る、手がかりとなる一冊です。エッセイ集なので、どこからでも読めるのも良いですね。